こんばんは、ヤマネコです。
自宅から二時間ほどの場所にある温泉地へ、日帰りで訪れたときの話です。
もともと即日帰る予定でいたため、出かけたのは交通機関の混雑を避けながらの日の出直後。予定よりもだいぶ早い到着でした。並ぶ土産物屋は軒並み閉まっていたものの、道を歩く人の姿はちらほらあって、観光地の雰囲気が漂っていました。
その日の私の目的は、自然の中の散策。
名の知れた温泉地で観光名所も多々あるのに、そういったものには目もくれず、かといって本格的なトレッキングをするわけでもなく、格好はいつものワンピースにスニーカー、それから日傘とポシェット。そんな姿でどこを目指すでもなく、ゆるゆると歩く様子は少々異質だったかもしれません。
同行者とはひとまず別れ、数時間後には混雑するだろう表通りを避けて歩き始めました。
すんだ空気の中で時折カメラのシャッターを切りながら、小一時間ほど歩いた頃、立ち並ぶ店が少しずつ開き始めました。とくに店に入る予定はなかったものの、名産品や地酒の名前が入ったのぼりには惹かれるものがあります。
ひやかしになってしまうけれど、こういう場所でのウィンドウショッピングは楽しい。まだ準備中の店が多いようだし、とりあえず一回りしてきたらどこかに入ろうか。そんな朝令暮改のまま歩を進め、ある店の前を通り過ぎました。
その店の扉は、開いていました。
ちらりと覗いただけでは何のお店かわからなかったけれど、ちょっと一休みするようなお茶屋さんかなという印象でした。立て看板が伏せてあるのは見えたため、開店前なのはたしかなようです。
決してじろじろ観察するつもりはなかったのに、ふと奥を見やった瞬間、それまで存在に気づかなかった店員と思しき男性と目があってしまいました。
しまった、と思った瞬間に目をそらすのは悪い癖かもしれません。でもそのまま何ごともなく店の前を通り過ぎ、だいぶ離れてホッとした頃合いを見計らったかのように、後方から声がかかりました。
「こんにちはー」と。
何の変哲もないあいさつの言葉ですが、先ほど働いた無礼が後ろめたく、どきっとしました。ただ咎めるような語調ではなく、そもそも観光地という場所柄もあって、店員さんが外を歩く客に声をかけることはめずらしくもないのだと思います。
それでも少したじろいだのは、先ほどの店からはもう数十メートル離れていたから。最低でも五軒分くらいは進んでいたし、その途中の店は開いていなかったと思う。それに声の主も「大声を上げた」というくらいの語勢だったと思います。
そもそも私の周囲に他の誰かがいるようには見えなかったけれど、背後を行き交う人の様子まではわかりません。その声が自分にかけられたものかも判断しきれず、つい振り返るのをためらいました。もし私とは関係のないやりとりだったら、顧みるのがちょっと恥ずかしいと瞬時に思ってしまったんです。
仮に私へのあいさつだとしたら再び無視することになって申し訳ないけれど、聴こえなかったのだと受け止めてほしい…と祈りながら、まっすぐ歩き続けました。
ところがその数秒後、再び同じ声が届いたんです。
「こんにちはー!」
さっきより少し張った男声で、やはり、おそらく、こちらに向けて。それでも確信が持てないままおずおずと振り返ってみると、先ほど通り過ぎた店の軒先から(たぶん)男女五人ほどがこちらを見ていました。
その中の一人(たぶん女性)になぜか手を振られ、思わず振り返しました。
でもどう考えても知り合いがいる土地ではなく、先ほど店を覗いたことを叱られるのでなければ、声をかけられる心当たりはまったくありません。私の名前を呼ばれるわけでもない。思考をフル回転させたものの、何か用がある様子(落とし物を教えてくれているなど)でもなさそう。
それなのに、数十メートルも離れた後方から、くりかえしの「こんにちは」。
つまりは、ただのあいさつなのかなと。
混乱と焦りでいっぱいでしたが、実はその「こんにちは」が、ちょっとうれしかったんです。あまりうまく誰かと対話することができない私ですが、人とかかわることが嫌いなわけではないし、あいさつだけの交流でもすごく浮き立ってしまう。そのときも旅先でのふれあいを心地よく感じていました。
私もなんとか「こんにちは」と返したつもりだけれど、その声は弱々しくて届かなかったと思う。
代わりに、反動がついたかのようにぺこぺこお辞儀をしつつ、また前方へと向き直り、なんだか清々しい気持ちで再び一歩を踏み出しました。
その直後のことでした。
背後から、駆け寄るような足音が聴こえてきたのは。
たとえるなら「ととと」とか「たたた」ではなく、「だだだだだ」。もう、全力疾走の音。
え?と思って今度こそ反射的に振り返ると、先ほどのグループの一人と思われる男性がこちらに向かってすごい勢いで走ってきていました。
それも
「こんにちはー!」
と叫びながら。
もうわけがわからない。
よく(?)あるじゃないですか。
「なんで逃げるんだっ!?」
「そっちが追いかけてくるからだろっ!」
みたいなやりとりが。まさにそれ。
なんの理由もなかったけれど、思わず私も全力で走って逃げました。日傘を落とすかと思った。
おそらく、たまたま人通りがなかっただけの一般道。ほどなくバス通りに出ましたし、こちらが逃げ出したのを見て相手はすぐにあきらめてくれたようでしたが、更なる後方では複数の笑い声が響いていたので、私はからかわれたのだと思います。暑さにテンションの上がった若者たちに。
でなければ、きっと彼らはタヌキかキツネだったに違いない。
その日の体験、その瞬間は、私にとって相当な恐怖でした。
ただしばらくしたら、めったにない体験をしたことがなんだかおもしろくなってしまいまして(体力を消耗した以外の実害はなかったですし)、「夏だなあ」の一言で片づけることに。正直これ以上悩んでも、彼らの行動に深い理由があったとは思えないのです。
そしてふと思い出したのは、ゾンビ映画などが「ホラー」ではなく「パニック」と表現されていること。その意味合いについては理解したつもりになっていましたが、その日の私は、全身で、パニックムービーとはどういうものなのか?を体感した気がします。
今夏の暑さと若気の至りを振りかざしてくる若者たちには、どうかみなさまもお気をつけください。
(実際には年齢など関係ないとも思うけれど)
本日の猫。
毎日猫じゃらしタイムで走り回ったあとは、ぐったりしてしまう面々。
運動すると暑くなるけれど、その結果ぜい肉が落ちたらもう少し涼しくなるかも…というのは、ダイエット中の彼らに対する暴言でしょうか。
本日もおつきあい、ありがとうございました。
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