昨年の秋から少しずつ悪化していく状況の中、なんとか迎えた2017年の終わり。そして、2018年の始まり。そんな一年も、もう終わる。
正直に書きます。苦しい一年でした。
楽しいこともたくさんあった。
幸せな瞬間もたしかにあった。
それでもたった一つの出来事――愛猫を失ったことが、尋常ではない重みとしてのしかかり続け、私の心を何度も折れさせる。色んなタイミングで、あらゆる方法で、気持ちの切り替えに何度も臨んできたけれど、この年の瀬になっても私の心は晴れないままです。自分のことながら情けない。
それでも2018年という年は終わるし、私は2019年も生きていかなければならない。
唯一の救いは、これが、私の人生で最悪の出来事だったんじゃないか、と思えるようになったことでした。最悪ということは、これよりひどい事態がないということ。
どうしたって他の可能性が頭をちらつくけれど、今はなけなしのポジティブ思考でそう思いたいし、そうあってほしいのです。
と、書いたところで、視界のすみで猫が毛玉を嘔吐。あまり心配はいらない症状とはいえ、ぎゃっ!となっていたら、知人から「猫が誤飲してしまった、どうやって吐かせたらいい?」という電話をもらって、てんやわんや。
私の一年はいつだって猫で始まるし、猫で終わるみたいです。
そこには一喜一憂では終わらない感情が常につきまとうし、時には泣き叫びたくなる瞬間が訪れるのにも関わらず、その暮らしを手放したくないと思う。その「別れ」という終幕に向かうまでの日々に、余りある幸せをもらえると知っているから。
2018年は、私にとってとてもつらい年でした。
それは闘病を始めてからの日々を何度も思い返してしまうから。
つらい想いをさせた、苦しい想いをさせた、何もしてあげられなかった、そればかり。
でもそれ以前の十余年もの間、何ものにも代えがたい幸せな日々をすごさせてもらっていた。
ごきげんな表情を向けてもらえたり、猫の望みどおりにしてあげられたことも、きっとあった。
それを思い出した瞬間から、あふれる涙の意味が少し変わる気がしました。
今年はたびたびこの話題にふれていて、多くの方にご心配いただいたように思います。頂戴するメールにもどうお返事してよいかわからないままになってしまうことが多々。礼を欠いているにも関わらず、たくさんの方からいただいたお言葉が、私の励みと力になり続けています。
お返しする言葉が今もうまく見つからないのですが、ここを読んでくださるみなさまのおかげで、来年からもがんばれます。
本日もおつきあい、ありがとうございました。
こちらからお帰りいただけると、心の支えになります。
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