こんんばんは、ヤマネコです。
とある古民家の内覧会に行ってきました。
出先でたまたま見かけた観光向けの施設だったのですが、古い建物や古道具といった日本の趣を感じられるものごとが好きなので、とても楽しむことができました。
すごく有意義な時間だったのですが、あれから数日、そこで出会った(すれ違った)人たちのことを、帰宅してからもくり返し思い出しています。
その古民家の入り口は、これぞ三和土。そこで渡されるビニール袋に自分の履き物を入れ、屋内の巡覧中は持ち歩く、自己管理の土足厳禁ルールでした。もちろん私もそれに倣って、はいていたスニーカーを袋に収めてから動き出しました。
その日は平日、客の姿もまばらな様子。広い屋敷の中で誰かと遭遇することも多くはなかったのですが、ある二人の女性たちとすれ違ったとき、その会話の内容が気になってしまいました。
「穴が」
「ああなる理由がわからない」
「あれは無理」
完全に盗み聞きなのですが、そんなことを言って笑いあっていた。
穴が?? 無理?? とは。
さすがにその女性たちを呼び止めることははばかられ、でも好奇心に負けて、彼女たちが出てきた部屋に足を踏み入れました。もしかしたらそこで「穴」とやらが拝めるかもしれないと思ったため。
部屋には、先客である男性が一人。壁に様々な骨董品が飾られており、それをじっくり堪能している様子です。
後発の私はと言えば、展示品を眺める……と見せかけて、穴を探してウロウロ。男性は気にしていないように見えましたが、私の行動はなかなかに不審だったと思います。
でも、いくら探しても見つからないんです。穴が。
壁に並ぶ品々や、細工のほどこされた建具はもちろん、意味ありげに天井を見上げたり、重厚な柱を凝視してみたり。これでもかと探しているのに、穴がない。
八畳の部屋を壁づたいに二巡した頃、さっきの女性たちが話していたのはこの部屋のことではなかったのだな……とあきらめがつきました。ちょうどそのタイミングで部屋を出ようとした男性へと視線が向いて、あ、と思いました。
穴があったんです。
男性の靴下の先端に。
靴下が破けてしまうこと、私にも経験があります。とくに足型がエジプト型なので、親指が生地を突き破るように貫通。ぴょこんと飛び出た指先を、幼少期はなぜか「じゃがいも」とからかわれた記憶が。
ところがそのときの男性の靴下は、その穴の開き方がとてつもなく豪快でした。じゃがいもなんてものでなく、言うなれば枝豆で、三、四本の指が飛び出していたのです。どうした? 何があった?? と訊きたくなるような、左右の違いがなければそういうデザインの靴下ではと思うほど。
女性たちが言っていた「穴」は、たぶんこのことじゃないかと。
「穴が」
「ああなる理由がわからない」
「あれは無理」
実際にはもっと色々言われていたけれど、納得でした。
こういうとき、失礼ながら笑いたくなる気持ちもわかります。あれはもう見たことのない破け方で、レッグウォーマーになるのも時間の問題でした。気づいたのが男性が去る直前で、よかったと思います。そんな笑いをかみ殺したあと、とたんに背筋がゾクリ。
はたして私は大丈夫なのか……と瞬時に考えたからでした。
思えばその日、人前で靴を脱ぐ予定はなかったんです。それがたまたま古民家の内覧に訪れて、履き物を持って歩くような状況に至った。
しかも、本来の予定のために靴下とスニーカーを着用してきたのです。一応ついさっき脱いだときに自分の足元を見ているはずなのですが、状態についてはまったく記憶にありません。
それを思わず再確認。
幸いにも、靴下にひどい劣化の様子はなかったけれど、一瞬でも不安になったのは、自己管理がしっかりできている自信がなかったから。そのことを痛感しました。
私の靴下にひどい劣化がなかったのは、こまめに確認しているからではなく、定期的に総入替え(季節のワンピースと同タイミング)しているからだと思います。それで安心しきっていたのが本音。
多少気を抜いたところで、件の男性の靴下ほどにはならない(なれない)とも思うのですが、靴下でも、下着でも、常に、たとえば緊急入院になってしまったときであっても、人に見せられるようにしておくことの大切さを今回のことで思い出しました。
本日の猫。
今日も元気にとおせんぼ。
今日はちょっと久しぶりに夕立(?)があったらしいんですけど、
眠いのは雨のせいかな?
……いや、いつもか。
本日もおつきあい、ありがとうございました。
こちらからお帰りいただけると、心の支えになります。
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