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春、友達への期待を捨てる。

こんばんは、ヤマネコです。

最近、小学校時代から交流のあった友達が一人減りました。

失ったのは、友人A。

もともと友人は多いほうではありません。子供の頃からの付き合いとなると、更に減ります。だから大切にしたい気持ちがあったのですが、今回に関しては、これ以上「望むこと」をやめました。

きっかけは五年ほど前のこと。ある日友人Aから借り物をしました。半月ほど経った頃、それを返すために相手の都合を訊こうと送ったメールに返信がありませんでした。 体調を崩しているのだろうか、忙しさで連絡を忘れることもあるだろうか…と、しばらくして再度、再々度メールを送っても、やはり反応なし。

その後、色々な方法でアプローチをしてみたのですが梨のつぶて。一度は共通の友人に仲介を頼んで連絡をとってみたのですが…察するに、意図的に無視されているようでした。

理由。

Aとは小学校時代からの付き合いです。卒業後、頻繁に会うことはなかったけれど、年に1~2回は交流があり、人づきあいの苦手な私にとっては「久しぶりに会っても会話に困らない」数少ない友人でした。

そんな相手のその対応だったからこそ、不安と困惑でいっぱいになり、私が何かしただろうかとも考えたのですが、とくに思い当たりません。最後に会ったのは「ものを借りる」という機会。「好きに使って、返すのはいつでもいいから」と二つ返事で貸してくれたと記憶しています。一ヶ月くらいを目安にしたいとこちらから伝え、機嫌の悪さなども感じませんでした。

では、なぜ?

思い返してみれば、友人Aは子供の頃から人の好き嫌いが激しく、「ある日突然、友達を無視する」ということがよくありました。本当に突然のことで、理由は私にも無視された当人たちにもわからず、周囲を困惑(時に憤慨)させるばかりで訊いても答えてくれません。結局、そうして「ある日突然無視された友達」とAが和解することは、卒業までに一度もありませんでした。

友人Aの本音は今も分かりませんが、それがとうとう私にもきたのか、と。それが私の中でひねり出した結論です。

五年経って、手放すもの。

自分でも未練がましいと思うのですが、五年前に借りたものを引越しの時も持って移動し、未だに保管していました。サイズは小さめのダンボール一つ分くらい。実はこれ、人づてに「捨てても良い」と聞かされたものでした。

ただ、本人から直接言われたわけではなかったし、返すと約束したものだったし、何より、捨ててしまったら返す機会を失ってしまう。それで全部終わってしまうような気がして、手元に残してあったんです。

ただ五年という月日、日々家のものを整理する暮らしを続け、片づくにつれて、その箱の存在感は大きくなっていきました。持ち物が減る中で見えてきたことかもしれません。

そしてこの春、とうとうその箱を手放すことに決めました。

こんな状況ですが、それでも借りたものを捨てることに抵抗がないといえば嘘になります。でもソレと一緒にモヤモヤする気持ちを手放して、楽になりたい。

Aには最後に、確認の意味でメールを送りましたが、久しぶりの送信は相手のメールアドレスが変わっていたようで、届くことなく戻ってきています。それがまた、吹っ切る気持ちの追い風となりました。

去る者、追わず。

きっともっと本気になれば会える可能性はあります。でも必ず誰かを巻き込むことになるし、そこまでの熱い想いはもうありません。

でも、人との縁を切ることは苦手です。
同時に新しい縁を紡ぐのにも、とても時間がかかります。

こういう部分は持ちものも人も同じで、結果として手放したほうが楽になるかもしれないと頭ではわかっていても、恐怖心が先に立つ。そういう性格だからこそ、つながっている縁を切るのが怖い。そういう悪循環でした。

でも求められていない縁に必死にしがみつくのはもう終わりにします。これまでの五年間も必死だったというよりは「そのうち何とかなるだろう」と問題を先延ばしにしていただけなのですが、時折思い出して気持ちが沈んでいたのは事実。ようやくその負のループから抜け出そうと決めました。

春は別れと、出会いの季節。

以前の記事で「この春やらないこと」と称し、「新しい人間関係を無理に求めない」と書きました。得意なことではないので、積極的な気持ちは今もありません。

ただ、実は一度は切れたと思っていた過去の縁が、最近復活しました。とあるブロガーさんと連絡がとれたんです。一度もお会いしたことはないけれど、本当に本当に、すごく嬉しいことでした。

生きる中で色々なことがあり、色々な想いがあり、疎遠になる人もいれば、つながり続けてくれる人もいる。

私のようなちょっとした引きこもりに近い暮らし方だと、出会いは意識しないとなかなか得られませんが、一度つながれた縁も、意識して切らない限り「完全に断たれること」がないのかもしれません。

それを感じる春。相変わらず人づきあいは苦手で、伸ばしてもらえた手をすぐに握り返すことはできません。でも一度つながった縁は切れないように大切にしたい、今はそう思います。

 

本日の猫。

猫の手はギュッと握って…

爪切りの日でした。

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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