彼岸花の迷信と、他人からの評価。

こんばんは、ヤマネコです。

秋の彼岸も中日を迎えるわが家の庭に、彼岸花が咲きました。

この花がわが家の庭にやってきたのは昨年のこと。ただ、最初に植えられた花壇から、一時は人目のつかない裏庭へと移され、そして再び玄関付近へと戻ってきました。たび重なる移植は植物にとって過酷な試練だったと思います。

そんなことになったのは、この花の持つ「いわく」が理由でした。

彼岸花が好きです

スッと立ち上がった茎に、しなやかさと繊細さをあわせ持つ赤い花。

一風変わった不思議な外見に不気味さを覚える人がいる、というのも分からなくはないけれど、私は昔から彼岸花が好きです。

そんな私の想いを知ってか、ちょうど一年ほど前に家族が白い彼岸花の苗を見つけてきてくれました。私はとても嬉しかったのですが、それを知った親族から「待った」がかかりました。

待ったというか、「大丈夫か?」という心配の声が。

縁起の悪い彼岸花?

聞けば「彼岸花を個人宅の庭に植えるのはよくない」とのこと。私もそんな話を聞いたことがあり、改めて本やネットで調べてみたところ、続々と情報が出てきました。

  • 毒を持つ花(事実)。
  • お墓の近くに植えられることが多い(毒がもぐら対策になることも理由=事実)。
  • 彼岸花の赤い色は、火事を彷彿とさせる(イメージ)。
  • 持ち帰ると家が火事になる(迷信)。
  • 摘むと家から死人が出る(迷信)。

などなど。

陰を背負う植物

ただ、こういういわくつきの植物は珍しくありません。それに「赤いこと」が炎のイメージなら、白い彼岸花には関係ないのでは?と思いたくもなりました。

彼岸花が毒を持つことはたしかだけれど、わが家の庭には同じく毒を持つ百合やスズラン、アジサイも植えてあります。毒があると認識して接することも大切だけれど、それ以上に神経質になる必要はない、という考え方でもあります。

単純にこの花の独特なたたずまいが縁起の悪いイメージにつながっているのかもしれないのですが、それだけで「植えてはいけない」は納得ができなかったんです。

迷信をどこまで信じるか?

私の中には、迷信などまったく信じていない冷静さと、どこか気にしてしまう不安な気持ちが同居しています。占いや風水と同じ感覚で、「内容による」。

けれど彼岸花については、まったく気にしない、というのが一年かけて導き出した回答でした。

そして今年の彼岸花

昨年、親族から「彼岸花の迷信」にまつわる心配の声が上がったときは、うちの家族が咄嗟に花を裏庭に移動させてくれました。でもそのときから改めて彼岸花について(言い伝えなども含めて)調べ、考えた結果、自分たちの庭は自分たちの好きなようにつくろうという結論に。

そして少し前に、白い彼岸花は表の花壇に戻ってきました。

他人の言葉に耳を傾けることを思い出す

シンプルライフを試みるようになり、最近は「他人がどう思うかはあまり気にしない」という考え方をすることが多くなりました。

たとえば私服の制服化。しょっちゅう同じ格好をしているのはみっともないと思われるかも、と心配する気持ちがありました。でも今の私は清潔感とある程度のTPOさえクリアしていれば気にしません。そこは、「私は私」でいいのだと思う。

彼岸花についても「迷信なんて信じない」「他人の目線なんて気にしない」と突っぱねてしまうことはできたかもしれません。私だけだったらそうしてしまったかも。

でも迷信には科学的裏づけができることや、自分(自宅)以外の他人まで巻き込んでしまうものもあるため、人からの助言を無視すれば大変なことになる可能性もある。

そんな風に考えていくと、改めて心配してもらえたこと、即座に移植してくれた家族のおかげで一旦は落ち着き、調べる時間ができたこと、一つ一つが幸運だったと、ようやく考えることができる。

今年はそんな秋を過ごしています。

 

尚、彼岸花には「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」という別名があります。
サンスクリット語では「天界に咲く花」という意味だそうです。

 

本日の猫。

半月ほどかけてじわじわと破壊された猫じゃらし(の先のおもちゃ)。

紐が噛み千切られたこの状態でも遊んでくれることはあるのですが…

今日は悲しいくらい無視でした。

早く新しいの持って来いよ、と言わんばかりの殿さまぶり(殿さま多すぎる)。

本日もおつきあい、ありがとうございました。


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yamanekotora
子どもの頃に拾った猫を飼い始めたつもりが、いつの間にか猫に仕えるように暮らしています。猫にかしづく、それも幸せ。 ものづくりをライフワークにしています。