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今年、一番の朝。

こんばんは、ヤマネコです。

12月もあとひと月を切ったこのタイミングで、今朝は今年最高の朝を迎えた気がしました。

といっても、いい夢を見た、というだけの話。2018年に失った愛猫が、出てきてくれたんです。

 

実はあの日から、これまで、愛猫の夢を見た記憶がほとんどありません。もともとあまり登場することはなかったのかもしれない。でも、もしかしたら頻繁に出てきてくれているかもしれないのに、私は覚えていてあげることができませんでした。

それがずっとずっとさみしくて、情けなくて、毎晩寝る前、お仏壇に向き合うときには今夜こそ会えますように、と祈り続けていたんです。でも別れたあの日から二年以上、その願いが報われる感覚を持てないまますごしてきました。

 

それが今朝は違いました。

私から少し離れたところを歩いていたあの子が、突然走り去ろうとしたので必死に呼び止めたら、振り返って、こちらへ走ってきて、飛びついてきてくれた。ぎゅうっと抱きしめたその感覚はまさにあの子を抱いたときと同じもので、それだけで感無量だった。

そんなところで目が覚めました。

ふだん目覚めたとき、その直前まで見ていた夢と現実の境をふわふわ微睡む時間があるんです。でも不思議なもので、今朝は目覚めた途端に「夢だった」と気づきました。

そして瞬時に「目を開けたら忘れてしまう」と思ったんです。

私がいつも夢の内容をよく覚えていない理由は、目覚めた瞬間から視界に入ってくる情報のほうが強烈なせい。そんなふうに考えています。だから覚えているためには目を開けないこと。

とはいえいつも寝起きの頭ではそんなことまで考えられないので、基本的に無意識に目を開けてしまうし、夢のこともつるんと忘れてしまうんです。だから今朝、とっさに「目を開けてはいけない」と自制できたことには自分でも少し驚いています。そしてそれは実際に効果がありました。

 

とはいえ目を開けないことには夢についてのメモをとることもできないし、動くこともできません。かといって目をつむったまま手さぐりでペンをとろうと動き始めれば、尚のこと思考がまとまらずに夢の内容を忘れてしまうだろうと思いました。

だからとにかく目を開けず、口に出して音読することに。

愛猫がこうした。
こうだった。
私はこうした。
こう思った。

突然始まった私の奇行に、おそらく添い寝していた弟猫はきょとんとしていたと思います。思い出せる限りのことをひたすら声に出し、反芻し、意識がはっきりしてきた時点で目を開けて真っ先にスマホでメモをとりました。ちょうど昨日のブログで「LINEでつけているねこ日記」のことを書いたのだけれど、それが今朝も大きく役立ってくれる結果に。

夢の内容はどんなに幸せなものでもその時々で堪能して忘れてしまう、そのはかなさが美しい。そんなふうに考えることもあったのだけれど、今日のこれだけはどんな手を使ってでも忘れたくない、と思ったんです。

スマホでメモをとった直後、あふれてくる涙が止まらなくなってしまってしばらく動けなかったのですが、無事に、今、この時間にもかなり細部まで覚えていられる。今日は一日その幸せをかみしめていました。

どうして出てきてくれたのか。
どうしてこのタイミングだったのか。

単に私の心の問題なのだろう。

色々思うことがあるのですが、三年前の年末年始が今でも人生最悪かと感じるほどつらい期間だったので、勝手な想いかもしれないけれど、このタイミングであの子と再会できたことが私にとっては本当に大きな救いでした。

これからまた気ぜわしくなる季節。一日一日を大事にしながら、今年も、そして来年も、じっくりと向き合っていきたいと思います。

 

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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