願いごとがなんにもない、七夕。

こんばんは、ヤマネコです。

雨の降る七夕。今年は親戚のお宅でコップに挿せるくらいの笹竹をいただき、七夕の気分を満喫しています。

 

七夕といえば、短冊に願いごとをつづるのが習わし。

子どもの頃は「何枚まで書いていいの?」「どんな願いごとでもいいの?」と貪欲に色とりどりの短冊を量産していました。大人の背丈を軽く超えるような竹をもらってきて、それが完全にたわんでしまうほどの飾りや短冊をぶらさげる。それがわが家の七夕でした。

 

ところが年々、文字にしたためるほどの願いごとはなくなってきています。それだけ幸せだという意味でもあるし、私の思考回路から柔軟性が失われているのかなとも思う。

その現状を打破するように、昨年の春から秋にかけては願いごと手帖を始め楽しく続けていましたが、それも書けなくなって半年以上が経ちました。その頃から、強く強く願うことは一つだけに固執され、新しい未来への希望が持てなくなっていたから。それもこの春、打ち砕かれてしまったのだけれど。

そして今は、完全に腑抜け状態なのです。
願いごともとくにない。

そうはいっても、生きている限り欲がなくなるわけもなく、とくに私の「現状を維持したい」という欲求は強烈です。そういえばアレがほしかった、なんて物欲もたしかにある。ああさくらんぼが食べたい、とか、欲求が何も出てこないわけではない。

ただ、「願いは何か?」と訊かれた瞬間に即答できるような、そんな、何かを追い求めるような強い気持ち(合格・安産・良縁など)が、今は何もありません。

 

そして七夕当日。

願いごとの提出義務があるわけではないし、書けば叶うというものでもないのだろうけれど、それでも自分の内面に問いかける機会にはなります。今、私が望んでいることは何か?と。

けれど短冊に書き留めたいような想いは何も出てこないまま、夜になってしまいました。結局「現状維持」が私の一番の願いなのですが、春に失ってしまったものの存在が大きすぎて、今がこの世の至福だとは思い切れずにいる。贅沢な話です。

 

でも、それならば。

せっかく以前のような貪欲さが退席しているのであれば、今の「無欲(?)」の状態を堪能しようと気持ちを切り替えました。願いごとって、無理やりひねり出すようなものではないですもんね。

今年の七夕は、願いごとがなんにもない。

飾りも含めて、つるすものが何もない笹を眺めながら、今夜も静かにすごしています。

 

本日の猫。

今夜、関東で大きめの地震がありました。

しばらく猫たちがざわついていた室内も落ち着きを取り戻していますが、今は続けざまに何も起こりませんように…と、やはり現状維持を願ってしまいます。

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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