捨てられなかった、くすり瓶。

こんばんは、ヤマネコです。

昨春、愛猫の闘病生活が終わったときから、捨てられなかったものがありました。

病院で手に入れた「バイアル瓶」と呼ばれる、くすり瓶です。

 

あの日。あのときを境に堰を切ったかのように動き始め、たくさんのものを捨てました。

あの子のためにと用意し、活用したものの数々に愛着がなかったといえば嘘になるけれど、私が失った存在の代わりになるものなど何一つなかったから。あらゆる物品を手放すこと自体にためらいはありませんでした。

 

そんな中で手放せなかったのが、この、くすり瓶でした。

これを捨てられなかった理由を、今もうまく説明することはできない気がします。

 

あの子のためにと用意したベッドやトイレ、床のダンボール。それらは本当に「愛猫が少しでも楽にすごせるように」という一心でしつらえたものだったけれど、薬や治療に関しては違う想いがありました。

もちろん「少しでも楽に」そして「元気になってほしい」という根底にある願いは同じでしたが、それにともなう苦痛を愛猫に負わせている、そんな罪悪感も常に持っていました。

極めつけは、あんなにがんばってくれた子を、私は救ってあげられなかったのだと。

 

くすり瓶は、そういった気持ちの象徴だったようにも思います。

たとえ形見となるようなものをすべて手放したとしても、失ったあの子のことを忘れる日など来ようはずもありません。でも同時に、あの子にしてあげられなかったことや、してしまったことも忘れてはならないと。記憶の引き金になるようにと残したのが、くすり瓶だったのかもしれない。

自分のことなのに、そんなふうに想像することしかできないのですが。

 

そして一年が経ち、ずっと同じ場所で保管し続けていたくすり瓶を取り出しました。

気持ちの整理ができた、というのとは少し違うように思うのですが、くすり瓶がなくても私の中のあの子に対する想いは何一つ消えないのだと実感するようになっていたからです。

良くも悪くも、何一つ。

一年経ったら痛みは薄れ、幸せな記憶で上書きされていくのだと思っていたけれど、違った。一年前と何も変わらないどころか、あの子に対する申し訳なさは日々増していくようにすら思う。

 

私が第三者の立場で、何か言わなければいけない場面だとしたら、「そんなふうに考える必要はない」と言葉をかけるかもしれません。

でも、今は当事者。

気持ちというのは「切り替える」ということができても、「捨てる」ことはできませんでした。切り替えたことで見えなくなっても、必ず私の中に残っている。それは母性であったり、恋慕であったり、他のあらゆる気持ちであっても同じことなのかもしれません。

だからもう、さみしさも、悲しみも、つらさも、罪悪感も、痛みも、いとしさも、すべて大切に共存させることにしました。

何年経っても、つらくてさみしくて泣く日があってもいいし、あの子が元気だった頃の影を追ってもいい。手放せない感情とはそうしてつきあっていくのが自然だと思うのです。

 

思い立ったら即日、くすり瓶の解体作業(?)を始めました。

手元のバイアル瓶にはグレーのゴム栓がついていて、それがアルミ(?)の枠で覆われています。

その金属製の枠を取り外すのに、マイナスドライバーを持ち出しました。

その前にピンセットで持ち上げたり、カッターナイフを使ったり、缶切りを検討してみたりと色々画策していたのですが、工具が一番簡単でした。

この一年、もっと気軽にはがせるものだと思っていたよ。いつでも捨てられるのに捨てられないもの……と浸っていたようにも思います。

まったくもって「簡単に」とはいかなかったけれど、なんとか分解することができました。

一つはフロストガラスで、もう一つはクリアガラス。

が、なんとここでも勘違いが発覚。白っぽいほうの瓶はどうやらプラスチックでした。重さは変わらないし、意外と硬いし、一年間ガラスだと思いこんでいたのですけど。

 

ちょこちょこと拍子抜けしたり、思いこみの情けなさにいつもとは違う悲しみを感じたりもしながら、キャップを外し、中をすすぎ、現在乾燥中です。

中に残っていた数滴の薬液は、念のため布に含ませて可燃ごみに(薬品によると思うので要確認)。分解しなくても病院で引き取っていただくこともできるそうです。

 

残った瓶は、細切れにした金属部分と分別しつつ不燃ごみに。

と思っていたのですが、想像よりきれいに分別できた状態を見て用途を思いついたため、しばらくリユースを試してみることにしました。

 

一年前の春からまったく手つかずのままだった、唯一のもの。

この瓶に深い意味を負わせることはもうせずに、令和の始まりに向けて一歩を踏み出した気持ちです。

 

本日の猫。

今日もいっしょにお風呂。風呂蓋の上ですごす子猫用に敷いているのは、タオルや私の衣類。

このコットンニットはもう少し着るつもりなので、ちょこちょこと爪とぎに使うのやめていただきたい。

あのね、「聞こえません」みたいな顔してもダメですからね?

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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