猫は静けさがお好き。

こんばんは、ヤマネコです。

私は本来、騒々しい人間です。

 

口下手なほうなのでよく喋るという意味ではなく、所作が雑なせいで何かとがたがた音を出しながら生活をしてしまうタイプ。横着するからよくものを落とすし、うっかり者だからよく何かにぶつかるし、口下手と書いたけれど自宅で仕事をしているせいか独り言はきっとうるさい。けして静かな人間ではありません。

私の場合の「丁寧な暮らしをしたい」というのは、逆にいえばそうした意識を持たないとどこまでも堕落した生き方をするだろう危機感を持っているから。だからこそあえて、丁寧に、と言葉にする。こういうところがもともと気品のある方とは大きく違う部分なのだと自覚しています。

そんなわけで、独りですごしていても、誰と会話するわけでなくても、何かと小うるさい人間なのです。

ただ自分なりに精神的な成長を遂げ、そうする中できちんと家族と向き合うようになり、中でも猫たちの生活についてじっくりと考えるようになりました。とくに今の家で暮らし始めたこの十年ほどの間は、以前は見えていなかった部分に気づけるようになり、今でも毎日のように大小さまざまな発見が続いています。

そうする中で気をつけるようになったことの一つが「静かな動き」でした。

 

どたばたと、歩かない。
ばーんと、閉めない。
がちゃんと、置かない。

などなど日々のちょっとした動作を、とにかく静かに。当たり前のこととも思うのですが、スリッパをはいたまま階段を一段飛ばしで上るとどたばた音が響くし、意識していないと扉が背後でバーンと閉まってハッとするなんてことも。手元を見ずにものを置くせいで距離感がつかめないまま、テーブルにマグカップが激突することも日常茶飯事。もう本当にうるさい。

以前にも書いたことがあるけれど、そういったことに気をつけ始めたのは猫との暮らしにとっくり向き合い始めたからでした。

猫は音に敏感なので、ちょっとした騒音にも嫌な顔をします。しているように見えます。何をしているんだと責められる。そう思えるのです。そんな蔑視を受けないように、できるだけ静かに、丁寧に動こうかなと。私の意識の変化は、その多くがこんな具合で猫たちを発端としてきました。

 

長い年月を要したけれど、そんな意識も少しずつ自分の中に根づいてきたと思います。時々うっかりすることはあるけれど、家の中はできるだけすり足や忍び足で歩いているし、扉も閉まり切るまではできるだけノブをつかんでいるようにしている。手の動きだけはぼんやりしているとガチャンドタンバシンとやかましく鳴り響かせてしまうことがあるけれど、以前と比較すればだいぶマシだと思えるようにはなりました。

 

ただ数日前、またうっかりしてしまったんです。大きな音を立ててしまった。

その音に驚いた弟猫は走って逃げて行きました。
(写真はイメージであり、そのときのものではありません)

何をしたかといえば、拍手をしてしまったんです。

そのときは小さいボールを使って弟猫と遊んでいたのですが、あまりに上手にキャッチしたので思わず「すごい!」と声をあげ、ついでに手をたたいてしまいました。その直後、弟猫は猛ダッシュで走り去っていきました。

 

実は猫たちがちょっと悪さ(とくに危険そうなこと)をしているのを見たとき、「こらっ」と大きな声で止めるようにしています。場合によってはパンッと手を打ち鳴らす。おそらく拍手を耳にした弟猫はその記憶を呼び覚まし、叱られた! と思ってしまったのだろうなと。

誉めたつもりなのに……とはいえ私がうかつだったのはたしか。でも音の質や声の調子はだいぶ違ったはずなのに、逃走した様子を見る限り彼は明らかに誤解してしまったのだと思いました。

 

こういうときは放っておくべきか迷うのですが、私は基本的に追いかけて行って、謝罪して、和解させてもらうようにしています。怒ってないよ、大丈夫だよと。そうまでしなくても猫はしばらくすると何事もなかったかのようにすごすようになるのですが、時には何時間も戦々恐々としていることもあるため早い解決に越したことはありません。

このときも毛布の中に隠れてしまった弟猫をゆっくりなだめ、最終的には許して(抱っこのまま眠って)もらえました。

猫のいたずら防止や注意に音、というのは常套手段だと思うのですが、こちらが意図しない拍手なども怖がってしまうというのは盲点でした。そうかと思えば水などは怖がらずにシャワーや霧吹きの水滴は猫じゃらし感覚でとびかかって行くので、本当に行動が読めない子だなと再確認したところ。

 

たまたま見かけたいたずらに、とっさに「ダメ」を伝える方法として「手を打ち鳴らす」に代わる妙案はなかなかないように思います。常にちょうどよい道具(音が鳴るものなど)を持っているとは限らないし、手が届く距離や位置とも限らない。声だけではやめてもらえないこともあるので、自分の身一つで表現できる方法としては最善策じゃないかなと。

ならば、拍手に慣れてもらうのはどうだろう? とも考えたのですが、慣れたら慣れたらで「怖くない」と思われてしまいそう。叱る手段に使えなくなってしまうので、最近改めて「猫の叱り方」について悩み始めました。

そんな中でも一番いいのは、叱らなくてもよい環境をつくること。いたずらされて困るもの、こと、そいうものを可能な限り排除する。

…………それでも新しいいたずらを思いついてしまう遊びの天才猫たちと、日々いたちごっこで格闘し続けています。

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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