弟猫は、遊びたい。

こんばんは、ヤマネコです。

2022年2月は、ニャンニャンの語呂合わせで「スーパー猫の日」が存在する月でした。

それが終わってしまうことになんだか焦燥感を覚えています。

とはいえコロナ禍。実際のところ、私は大きなイベントもトラブルもなく平穏な日常を送っていました。にもかかわらず、なんとなく大晦日をすごすときと同じような気持ちになってしまうのが不思議です。

 

そんな事情でほんの少し気忙しくなっている月末。最近は昼間の気候に春らしさ、すごしやすさを感じられるようになりました。きっと春はもうすぐそこ。

この時季は猫たちも少し活動的になります。いわゆる恋の季節。

 

それと直接関係があるのかわからなかったものの、数日前から弟猫がすごく鳴くようになったんです。

もともと何か要求があるときには高めの声でナオナオ鳴く子ではあったのですが、最近はそれが四六時中。ごはんの後、歩きながら、人と目があったとき、何かとナオナオ言いながら歩いている。抱っこではない。トイレが汚れているわけでもない。おもちゃはあるし、おやつをあげた後も鳴き声は続く。

最初は季節的な問題なのかと思ったけれど、あまりの変化に体調が心配になり、病院につれていくも基本的には異常なしとの診断(通院での興奮により検査結果の数値が変わるものがあるので、様子見は必要でした)。

それでもとにかくこれまで以上に鳴いているし、呼応するように兄猫たちも声を出す機会が増えている。これは春の終わりまで、いやそれ以上に続くのだろうか? と考えながら見守るしかありません。

目があうたびに何か訴えられているようには思うのだけれど、それをしっかり理解してあげることができず、情けなさとともにずっとやきもきすること数日。ようやく理由がわかりました。

どうやら遊んでほしかったみたいです。

 

私が猫じゃらしを振っているのは、おそらく毎日二時間くらい。気合を入れて小一時間振り続けていることも稀にあるけれど、通常は起き抜けでぼんやりしたまま、家事の合間、仕事の休憩中、ごはんの前、寝る準備をしながら、と小刻みにちょこちょこ。握っているのは猫じゃらしでないことも多々あります。

それ以外にもボールを投げたり、ひもをポケットから出し入れしたり(渡しっぱなしにはしません)、猫が観る動画を流したり充電式の自動猫じゃらしを稼働させたり、猫たちが飽きないようあの手この手を考えているつもりでした。

もともと兄弟猫(血縁でない子も含む)がいるので猫同士での遊び相手にも不自由しないはず。

だから遊び足りない、というのは想像していなかったのですが、どうやらこれが当たり。

ここ数日、目があうたびに構い倒していたら(猫じゃらしを振ったり、追いかけるそぶりを見せたり、さっと物陰に隠れたりなどなど)、延々とか細くあげていた声がほとんどなくなったんです。

きみ、暇すぎて困っていたのか、と。

 

そういえば幼き日の彼はスリッパや毛布とひたすら戦うなど、とても活動的でした。それがだんだんと鳴りを潜めるようになり、精神的にも成長したのだなと安心するばかりだったんです。でも単純に無機物や単純動作しかしないものへの興味がそがれ、もっと人間と遊びたい! という方向に切り替わっていたのかもしれません。

ねこから見れば、思いがけない行動をとる二足歩行の生き物がいれば、のぼったり観察したりしたくなるもの。好奇心をくすぐられるのも理解できます。

とはいえ、寝ているときと食べているとき以外は、ずーっとずーっと遊んでいたいのが本音らしい弟猫。彼の欲求を完全に満たすのは正直現実的ではなく(彼らの衣食住を守るためにも私は働かねばなりません)、また新たな対策を考える必要がありそう。

猫たちの「つまらない」は「寂しい」の同義語のようにも思うので、少しでも減らせるように向き合っていきたいです。

 

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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