不思議な話、ではありません。

こんばんは、ヤマネコです。

春彼岸の少し前から、肩が重くなりました。

理由に心当たりはないものの、デスクワーカーなので肩こり自体はあり得ることかなと。ただ、なんの自慢にもならないけれど、これまで慢性的な肩こりをわずらったことがなく、今回もちょっと寝違えたとか姿勢が悪かったとかで一時的に痛んでいるだけだと踏んでいました。

ところが翌日からも少しずつ痛みが増していく。

なんだこれはと不安に思いながらも、月末の忙しさもあってひとまず放置。そうしているうちも日に日にその痛みは増して、なんども机から離れて横になりに行きました。そうでもしないとやりすごせないような鈍痛だったから。

実際には、痛いというより重い。心臓に近い位置のためか苦しさもある。そうか、これが本物の耐え難い肩こりというものか、とようやく理解できた気がしました。

 

常に肩こりを訴えている友人知人は同業者にも多くいて、とうとう私も仲間入り。これが当たり前のように続くとなると対処法が必要だなと。でも世間を騒がせるパンデミックが収束しそうにない中、対応してくれる、それでいて信頼をおける医療機関やマッサージ店などはどうさがしたらいいのだろう? 同じ悩みを持つ同業友人たちとは住まいが離れていて、紹介してもらえるにしても今すぐ通い始めるのが現実的とは思えません。そもそも一度や二度のマッサージで治るのだろうか? すごくつらいのだけど。

不安をつのらせながらも、まずは仕事を終わらせねばと意識を切り替えて、数日。気づけば少しずつ痛みがひいていきました。対策らしいことは何もしていないし、長時間机に向かう日々は続いているのに、です。気を抜いたとたんに痛みがぶり返すかもしれないことを不安に思っていたけれど、そんな気配もないまま月末に向けてどんどん体は軽くなっていきました。いつしか元どおり。

単純に、良かったなと。
でも、不思議。

原因もわからないままで、今後のための対策も考えようがなかったのですが、振り返ってみると一番痛みがひどかった日は春分の日だったんです。

 

つまり、お彼岸の中日。

お彼岸の。

あの世とこの世が一番通じやすいとされる、お彼岸の、です。

一時的な肩の重さというのは、まさかそういうこと?

 

言葉がありませんでした。

だって私、そういうスピリチュアルな話はあまり信じない。
霊や魂の存在は信じたいけれど、どうしても疑う気持ちが先立ってしまう。
そういう人生を送ってきたし、容易に受け入れられるものではありません。

でも、もしかして。
だって、もしかしたら。

この気持ちをどう表現したら良いかわからないけれど、どんなに考えてもたどりつく答えはいつも同じ。亡くしてしまった存在のこと。さみしさと苦しさが押し寄せ、泣きたいような想いを抱えながら仕事を終え、いつもよりぼんやりとした年度末をすごしました。

それから数日。とくに変わったことは起こっていません。

今朝もふつうに起きて窓の外を覗き、猫たちの様子にも異変がないことを確認してから、最近続けている朝活を何気なくスタート。

 

最中に、ふと、あれ? と思いました。
これか? って。

 

今年の春彼岸の少し前に、はじめたんです。新しい筋トレ。

私は日頃から運動不足が気になっている在宅ワーカー。過去にも色々軽い運動に挑戦していて、ペースは落としながらも細々と継続中です。最近新たに取り入れたものは、気軽にできる割にはなかなかの負荷がかかって、基準の回数をこなすのは難しかったのですが、体に残る疲労感や筋肉痛はなく快適に継続中でした。

体に残る疲労感や筋肉痛は、なく。

 

…………筋肉痛って、トレーニング直後には来ないんですよね。年齢ゆえでしょうか、遅れてくる。しかも新たなトレーニングで肩や背中を使っている意識はなかったんです……私だっておなかとか脚に痛みがあったら、ああ筋肉痛だな、って納得してました。それが肩。そもそも肩こりに慣れていないので正しい肩こりの症状もわからなかったのだと思う。

 

というわけで、数週間に及び空回りし続けた思考回路の原因は自己陶酔でした。今はただ、恥ずかしさと情けなさで落ちこんでおります。

(筋トレの話はいずれ改めてさせてください)

 

本日の、猫じゃらしに興味がある兄猫と、気にしない兄弟たち。

猫じゃらしに興味がある兄猫と、

気にしない兄弟猫。

猫じゃらしに興味がある兄猫と、

気にしない兄弟猫。

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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