足りない、を確認するタイミング。

こんばんは、ヤマネコです。

今年の秋以降、三ヶ月足らずで十点ほどの食器を手放していました。

減らそうと計画したわけではなく、次々と破損させてしまったから。

その犯人はともかく、私が、そういう環境に壊れやすいものを置いたことが原因でした。

 

過去数年間、「減らすこと」を意識していました。

だから少し前までわが家の食器棚に並んでいたのは、私の使い方や家族の人数に応じた、ぎりぎりの所持数。そう思っていました。

ところがそのうちのいくつかが欠けたあと、すぐに買い足すことができずにいたところ、「なくても平気」と感じられるものがいくつかあったんです。

どれも高頻度で使っていた一軍の食器たちだったはず。それなのに、なければないで困らないものがあったことに少し驚きました。頻繁に使っている以上は不可欠なものだと思っていたけれど、まだまだわが家には減らす余地が残っていたんだなと。

 

同時に、愛着のある食器ばかりだったので失ったことをショックにも思いましたが、今回は、収納スペースに生まれた新たな余白への喜びが勝りました。

もう以前のように無理をして減らそうとは思わないけれど、どんな形であっても暮らしの中に「余裕」が垣間見えてくるのはうれしいのです。それが棚から牡丹餅のように偶然生まれたものなら、なおさら。

 

というわけで、ここ数ヶ月は週に一点ペースで(さすがに涙を誘いつつ)食器棚の余白が増え続けていたのですが、ここにきて「どうしても足りない」と感じたものだけは買い足すことにしました。

その一つが、お気に入りの軽いどんぶり

手持ちの食器の中では一番大きなもので、めん類をいただくときには必須アイテム。と思いながらも、しばらく調理用のガラスボウル(パイレックス)で代用していたのですが…

それはさすがに不便だったので。

 

このタイミングで「どんぶり」を買い足したのは、年越しそばのためでもあります。

喪中のわが家だと御節料理は控えたほうが無難かなと思っているのですが(重箱には盛らず「常備菜」の感覚で数品つくるつもりです)、年越しそばに制限はないようなので、それは取り入れたいなと、家族人数分そろえておく選択をしました。

 

前文では「買い足し」と書いてきましたが、見方によっては「買い換え」といえるかもしれません。その他の食器についても悩むものはあるけれど、欠けたぶんをいっきに補充するのは控えることに。

一分、一秒、めまぐるしく変わってく「今」を基準に、必要かどうか?の見直しを来年も続けていこうと思います。

 

それにしても「好きなときに買い足せる定番品」があるのって、本当に理想的でした。

 

本日の猫。

食器破壊ボタンを押したの、だあれ?

「ぼーくー☆」

まあ今回は喧嘩両成敗(??)ってことで。

ちらっ。
お詫びの美脚です。

とはいえ、いくつかの食器について「必須ではないこと」に気づかせてくれた子には感謝もしています。よい機会でした。

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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