琺瑯ポットは、ご縁のあった不要品。

琺瑯ポットは、ご縁のあった不要品。

こんばんは、ヤマネコです。

この夏、わが家のポットが新しくなりました。

ポットというのは、ティーポットといいますか、コーヒーポットといいますか、こちら。

右の白いポット、富士ホーローのものです。

 

類似用途の先代は、ハリオのドナウシリーズ。急須のような形をしたガラス製のティーポットだったのですが、これをお盆の少し前に知人の家へ貸し出したところ、割れてしまったとのことでした。

気に入っていたものだけに残念でしたが、仕方のないこと。壊したのが自分のときは非常に落ちこむし、しばらくの間引きずりますが、他の人だと不思議とすんなり受け入れられます。むしろ、そういう覚悟がなければ人に貸したりはできません。

いっそのことティーポットも持たない暮らしを試してみようかとも思ったのですが、その矢先に親戚宅で今回の琺瑯ポットを見つけたのでした。

 

この琺瑯ポット、当初は花瓶にでもしようか(急須も花瓶もたくさんあるけれど、捨てられないという理由から)という話になっていたので、それなら使わせてほしいとお願いして引き取ってきました。わが家でも採用が難しければ、そのときにはこっそり手放させていただこうかなという想いもあってのことです。

ところが、とても使いやすくて。

 

ポット底の直径が小さいため今のところコンロにかけて使ってはいないものの、本来なら直火OK(ガスやRHなど)。見た目や使い勝手を考えると圧倒的にコーヒー用。私もその用途を中心に使うことが多いのですが、お茶を淹れられないこともなく、必要に応じて活躍の場を広げるつもりでいます。

というわけで、たまたま手放すことになってしまったティーポットの後釜には、知人宅で本来の出番を失っていたコーヒーポットがうまく納まってくれました。

 

私がものを手放すとき、たまたま受け継いでくれる誰かが現れる。
それは、ご縁。

私が求めているものを、誰かの不要品から受け継がせてもらえる。
これも、ご縁。

 

ものが壊れたとき、本来なら最初に頭をよぎったとおり「持たない暮らし」を試してみたり、心からお気に入りと思えるものを「一からさがす」という楽しみを見出してみたり、道はたくさんあるのですが、最近はものの移り変わりも、こういうご縁に身を任せてみることが多いです。

とくに今回のような流れでお試しできることは、毎回とてもありがたく思えるご縁なのでした。

 

本日の猫。

数日前に届いた宅配便。

実は中身がさつまいも(安納芋)。さっそくオーブンで焼き芋にしました。

そしてちょっとずつではありますが、猫たちにもおすそ分け。わが家には三割くらいの確率(今年の当家比)でさつまいもを食べたがる猫たちがおります。

というわけで、今年もこの光景が日常化する季節がやってきました。秋ですね。

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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