暮らしの道具を減らして、後悔したこと。

こんばんは、ヤマネコです。

今日は夏の大掃除を再開。黙々と進める作業中は、お盆中に遭遇した色々なことを振り返る時間になりました。

8月11、12日は前準備。久しぶりに顔をあわせる大勢の親族にアタフタ。
13日はお盆入りで、迎え日。新盆ゆえ、途切れないお客さまに早々のパニック。
14、15日は中日。この二日間が鬼のように忙しかった。ところどころ記憶がないほど。
16日は送り日。お返しものの数がギリギリとなり狼狽、そして狼狽、更に狼狽。
17日は、片づけとお墓参り。

一段落した18日、昨日は全力でだらけることになりました。

 

といっても期間中の私の仕事は、ほぼ黒子。コミュ障すぎて接客は無理!なんて発言はいい歳して恥ずかしいものだけれど、「適材適所」とかけてもらえた言葉に甘え、目立たない場所で奔走する一週間でした。

裏方ですらそこそこ大変でしたが、接した人は皆やさしかったし、終わってみれば清々しいほどの達成感。大勢の人と顔をあわせることには消極的だったけれど、今はちょっとでもお手伝いさせてもらえてよかったなと思っています。

 

私としては、めでたしめでたし(お盆には不適切な言葉選びでごめんなさい)な一週間だったのですが、この間いくつか困ったことがありました。

それは私が「ものを減らす暮らし」をしてきたからこその違和感だったと思います。

 

先日の「手が荒れる」という話もその一つだったのですが、他にも色々なハードルがありました。

炊飯器の使い方を思い出せない(自宅ではコンロ×鍋炊き)
電子レンジ調理がほとんどできない(容器、蓋の有無、水加減…などなどわからない)
テレビの話題についていけない(サッカーくらいしか観ない)
キャニスター型掃除機の動かし方が下手(自宅ではコードレス愛用)
2Lペットボトルからコップへ注ぐのが致命的に下手(めったに触らない)

などなど。要は、一般家庭には大抵あるものを「持っていない/買わない」、あるいは「いずれ手放そうと思っている」あまりに全然知識がなかったり、うまく使いこなせなかったという話。

何度となく、自分の役立たずさを自覚しました。

 

過去の私は全然家事ができないうちから「ものを減らす」という方向にシフトチェンジしました。正確には、家事スキルが上がらないから色々な便利道具を買いこみ、それが使いこなせないからまとめて手放す、という情けない流れ。

炊飯器や掃除機など譲り受けた道具も多々ありましたが、どれも使い方が身につかないまま持つのをやめてしまったのです。

ものを減らし、自宅での暮らしは不便どころか快適になりました。手放した道具についての後悔はほとんどありません。

ただ、多少あったはずの「経験」や「知識」までも一緒に手放してしまったことにようやく気づき、それについては猛烈に悔やんでいます。

 

かつて手放してきたあらゆるものを再び持とうとは思わないけれど、チャンスがあれば外出先などで色々な道具にふれさせてもらい、もっともっと自分の経験値上げをしておきたい。取り戻しておきたい。そんな項目が「したいことリスト」に新しく加わりました。

一歩外へ出てみないと気づけない発見が、次から次へと舞い込んでくる夏に感謝です。

 

本日の猫。

エアコンなしでも涼しい一日だったので、今日はフィルター掃除を決行することに。

その一部始終を、見学中。

涼しいからって、夏風邪ひくなよ!

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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