春彼岸と、お線香のひと手間。

こんばんは、ヤマネコです。

本日は春分の日、春彼岸の中日です。

お彼岸といっても、私がこの日のために行ったのはいつもより少しお墓の掃除を丁寧にするとか、仏具のお手入れをするとか、そのくらい。唯一検討していた牡丹餅はご近所さんがつくってくださるとのお言葉に甘えてしまい、それ以外にもお盆ほど特別なことをする予定がありませんでした。

此岸と彼岸の距離が近づくと言われるこの期間、今年もただただのんびりとすごしています。

(仕事のほうは慌ただしい時期なのですが)

 

わが家の仏具(猫たち用の簡易的なもの)も相変わらずの顔ぶれなのですが、少しだけ変化したのがお線香の扱い方。

常備しているお線香自体は、猫たちに気持ち配慮した煙や香りの少ないもの。家庭用としては一般的な長さである14cm前後のものを選び続けています。

ただ最近はそれを半分に折って使うことが増えました。写真に収めるためにまとめて折ってしまいましたが、基本的には火をつける直前、必要があるときだけに折ります。

折る必要があるときというのは、燃焼時間を少し短くしたいとき。

私はお線香を仕事部屋で焚いていて、火をつけた後も基本的に同室ですごします。お線香を焚き、手をあわせ、その後に他の作業を始めたとしても火が消えるのを確認するところまでが一連の流れ。大体20~30分くらいです。

ただ出かける直前など、炎の様子を最後まで見守ることが危ういときは半分に折って使うようになりました。とはいえ長いまま使う機会のほうが多いので、事前に折っておくのではなく、必要なときに折る、という方法に。

 

そもそもそんなタイミングでお線香をあげなくても、と家族に言われたこともあるのだけれど、朝(一日三回)の習慣の一つなのでできれば続けたいなと。リビングにいる子たちにも、お仏壇をとおして対話している気持ちの猫たちにも「おはよう」や「いってきます」などの声をかけたいのです。

ちょっと地に足のつかない話になってしまうのですが、なんとなく、火がついている間になら声が届くような、そんな感覚でいます。

気になっていたのは、お線香を折って使ってもいいか? の問題。これは宗派によっても異なるようですが(基本的に折る宗派もあるのだそう)、私自身がそこまで信心深いわけではないのと、親戚関係でお世話になっているお寺さんにそれとなくうかがったときは「問題ない」とのお答えだったため、一本を半分に、という方法を続けるようになりました。

 

私は、霊とか、あの世とか、本来ならあまり信じられない頭の固い人間です。宗教を否定することもないけれど、心から敬神することもできないのかもしれません。

だからちょっと都合がいい期待だけれど、旅立ってしまった人たち、猫たちとのつながりを保ちたい一心で、お線香をあげること。ちょっとしたマイルールの中でもこれだけは続けていきたい習慣になっています。

 

完全に余談ですが、最近は「適当に折ってもほぼ等分できる」という自慢にもならない特技を得ました。

 

本日の猫写真はお休みさせてください。