変化は、髪にも現れる。

こんばんは、ヤマネコです。

昨晩のお風呂タイムに髪を洗いながら、少し前に美容師さんに言われたことを思い出していました。

 

少し前というのは昨年末のこと。髪を切りに行ったわけではなかったのだけれど、諸事情から訪れた美容室で、ついでとばかりに髪の相談にものっていただきました。相手はそこの店長さんだったのですが、その最中、「長いのに枝毛がないですね」と誉めてくださったんです。

もとより美容室が苦手な私。セルフカットですませてしまうのも日常茶飯事。当然ながら定期的にプロの手でケアしてもらっている髪でないことは丸わかりだっただろうなと思うと、セールストークのようなものだったかもしれません。それでも誉めてくださったのであればと素直に受け取らせていただき、お礼を伝えて帰って来たのでした。

 

昔から、そんなに枝毛はなかったような気がします。ロングヘアでいる時期が長かったので、自分の手で確認しやすいぶん傷みやすいようにも思っていたけれど、あまり見つけることがありませんでした。

そうはいってもこれだけの量の髪があるのだからどこかに潜んでいるのだろうなと。ただ以前の私は今以上に美容に関して無頓着でした。大したケアもしておらず、それにしては状態もいいのかなとどこか自負していたようにも思います。

 

だから2018年の年明けから春にかけて、自分の髪が枝毛だらけになったことにはとてもびっくりしたんです。

同時に、本当にふだんの私の髪には枝毛がなかったのかもしれない、という実感もできてしまいました。そのくらいの量だったし、増えるペースが速かった。一本、二本、と見つけるようになったかと思えば、短期間であっという間に増えていくのが手に取るようにわかり、大げさなようですがゾッとしました。

 

ただ、理由もはっきりわかっていました。当時は病床にいた愛猫のそばにつききりの生活をしていたから。自分の髪の毛ごときのことで悩んでいる場合でもなかったのですが、そのタイミングでヘアドネーションに踏み切れたのはよかったと思います。

そして当時は「愛猫の闘病中だから」と単純に片づけていたけれど、昨年の美容室の一件があってからもう少し深く掘り下げて考えるようにもなりました。

深夜に何度も目を覚ます子にあわせて、できるだけ起きていた。ごはんのときも、トイレへも、できるだけそばで見守っていたかった。ずっと寝不足状態であることを感じていました。

それから私がお風呂に入る間は愛猫のそばにいられないため、ほとんどの日がシャワーのみ。体を洗って、髪を洗って、ちょうど今の季節だったけれどあたたまることは二の次。できるだけ早く早くと切り上げてヘアケアも最低限でした。

何より精神的に不安定で、でも心を折るわけにはいかなかったから毎日が必死だった。

その結果、当然のように肌にも傷みが出たけれど、髪に起こった変化が一番顕著で自分自身を驚かせるものでした。そうして思い起こすと、私の心の不調は髪に出やすいのかもしれないなと今更ながらに感じています。

 

ヘアドネーションをして以来、あれほどの髪の状態になったことはありません。たまに見かけてドキッとしたことはあっても、そのまま増えていく様子はなく、ほっとしたまましばらくたつと忘れてしまう日々でした。

そして今、お世辞だったかも? の疑心暗鬼を残しつつも、プロに枝毛がない(少ない)ことを誉めていただけたのはうれしかったなと再実感。つまりは心身ともに穏やかに暮らせていることへの確認でもあったのだと気づきました。

自分のことでも、わからないことは常にあります。体に病気が潜んでいる可能性もあるし、心が疲れたり傷ついたりしていることを知らずにすごしているときもきっとある。全部を把握することは至難の業だと思うので、そのバロメーターになるものをいくつか見つけておくことも大切だなと。

その一つとして、私の場合は枝毛が増えたら要注意。それを覚えておこうと思いました。

 

ちなみに……多分昔から頑固すぎる直毛のせい(おかげ)で枝毛もできにくかったのだと思います。私の中では強い部分だからこそ、最後の砦のような形でバロメーターになるのかもしれません。

 

本日の猫。

ひたすら遊び、ひたすら眠り、元気にごはんを食べた後の兄猫です。

この香箱座りの「手はどこ行っちゃったの?」と思わせる姿が大好き。今日はちょっと見えていますが。

とはいえどんなアングルでもかわいいなあと、いつも親ばか気分で終わります。

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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