代用品と、気づきにくい誰かのこと。

こんばんは、ヤマネコです。

私の暮らしの中では、何かと「代用品」を取り入れています。

でもこの一年ほどの間に、その行為がどこかの誰かの迷惑になっている可能性があることも考えるようになりました。

 

時々見聞きする問題は、赤ちゃん(子ども)用の品を非対象者が使うことに対するもの。

赤ちゃん用の消耗品を、育児とは無縁の家庭や用途で使うこと。
赤ちゃん用品を、サイズ的に重宝するといった理由で犬用や猫用にすること。

わが子のために選んだとっておきの品を、犬や猫が使っている。逆の立場だったらたしかに嫌かもしれません。

私にとってうちの猫たちはわが子同然の存在ですが、同じ感覚を他人(とくに愛猫家以外の方)に強制したくはないので、不快感を覚える方がいるかもしれない。それを申し訳なく感じる一方で、愛猫家の人とは情報をシェアしたいという想いも強くあります。

 

また低身長な私は時々子ども服を買うことがあるのですが、つい最近とあるオンラインショップの商品ページで「大人のレビューは書かないでほしい」といった個人レビューがあるのを見かけました。

そもそも子ども服なので「大人の着用感では参考にならない」という意味なのか、単純に「品切れが不安なので買わないでほしい」という意味なのかは量りかねたのですが、私は逆に大人が着用しているレビューをとても参考にさせていただいていたので、こんな考え方もあるんだなと初めて気がつきました。

 

前後しますが、とくに注意が必要だと思ったのは昨年のマスク不足のとき。

手に入らないマスクやその関連品の代わりに、こんな赤ちゃん用品が使えるという情報が広まり、今度はその赤ちゃん用品が品薄になってしまうという不安の声が上がった。これはたしかにお母さんたちが心配されるのも当然のことだと思いました。

 

ただ、どのレビューも、どの場合であっても「本来それを必要とする誰か」を困らせようという気持ちで代用品を手に取ったわけではないのだと思います。

正式なものが高いから、手に入らないから、あるいは子ども用にこそ便利さがあるから、代わりの品で間に合わせたい。試してみたら便利だったから同じように困ってる人たちと情報を共有したい。大抵はその一心ではないかと。それはもちろん私自身も同じ気持ちでした。

 

何事にも多面性があると思います。自分なりにすごくいいアイデアを考えついたとき、きっと他の人の役にも立つだろうと想像できることでも、別の誰かを困らせる可能性がある。

私の場合はそこまで頭が回らないことも多いし、常にそこまで考えていたら何も話せなくなってしまいそう。

たとえば、ヘビースモーカーの友人に対してこぼす「タバコを減らしたら?」の一言に、製造会社に廃業してほしいという意味合いを持たせているわけではないし、仮にそうなった場合に減る税収のことまで考えているわけではありません。目先の、友人の健康を思って伝えただけの言葉。でも、そもそもそばにタバコの製造や販売にかかわる人がいたら、その言葉は呑みこんでいるかもしれません。

ネット上で発言するのはそれに近いことなのかなと。その発言を見て傷ついたり困ったりする誰かがいるかもしれない、そのことへの想像力が試される場所。

 

自分の考えや言葉について、時には自ら疑って。
できることなら配慮して。

あらゆるものごとへの配慮が難しくても、自分なりに立ち止まる。一瞬でも考える。その上で言葉を選ぶ。ブログを書き続ける上で、もう一度そのことを意識していきます。

 

本日の猫。

実際に、わが家でもたびたび赤ちゃん用品のお世話になってきました。
(マザーズバッグ、ウェットティッシュ、抱っこひも、ペットボトルの水などなど)

そしてこれからもたぶん、何かとお世話になるのだろうなと。

買い占めるようなことはしなかった(今後もしない)つもりだけれど、送料対策でまとめ買いすることはあったので改めて気をつけます。

 

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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