痛かったら左手を挙げてください。

こんばんは、ヤマネコです。

恥ずかしながら最近新しい虫歯をつくってしまい、歯科医院へ通っての治療を始めました。

そして久しぶりに言われたのが、

「痛かったら左手を挙げてください」

という言葉でした。

これは(おそらく)左足。

他の方がどうされているか知る機会がないけれど、私はこの言葉に従って左手を挙げたことが、一度もありません。

 

似たようなことを言われるたびに考えるのが、本当はどうするのが正解なのか?ということです。

「痛かったら左手を挙げてください」に対して…

  1. そうは言っても、できることなら我慢したほうがいい。
  2. 神経への干渉を見るなどの理由で、知らせることが治療の役に立つ。だから申告はしたほうがいい。

大まかに言えばこの二択。毎回これを考えているうちに終わるので、途中でズキンッとしても、手を挙げるタイミングを逃しています。もちろんよほどの痛みなら我慢はしなくてもいいと思うのですが、私自身がサクサク終わらせてほしいと考えているので、ちょっとくらいの痛みで中断したく(させたく)ないのです。

治療のことは先生に訊く以外に解決策はなく(治療内容や状況によっても変わると思うので)ここで自己結論は出せないのですが、唐突に結びついたのはまったく別のことでした。

私はもっと「なぜならば」を言おう、ということ。

「なぜならば」というのは、もしかしたら余計かもしれない説明も、念のためにしていこう、という意味です。

 

昨日、マロングラッセのレシピをまとめたものを載せたのですが、あれは色々なネット情報や書籍レシピの寄せ集めがメインです。でもすべてが一箇所にまとめられているレシピを見つけることが、私にはできませんでした。

たとえばレシピの途中で「栗をガーゼで包む」という工程があります。

ほとんどのレシピにその工程はあるのだけれど、多くのレシピには「どうしてそうするのか?」は書かれていませんでした。

  • 栗をガーゼで包むのは、煮崩れを防ぐため。
  • マロングラッセに限ってガーゼが必要なのは、他の栗料理よりやわらかく煮る必要があるため。
  • 特別やわらかく煮るのは、マロングラッセに使う砂糖の量がとても多く、糖度を上げる段階で栗が硬くなりやすいため。
  • 最終的に糖度30度前後を目指したものが、マロングラッセ。

これらの説明が省かれているのは、さほど重要ではないからだと思います。レシピどおりにつくれば知らなくても問題のない背景。むしろ省略したおかげで簡潔になり、かえってわかりやすいレシピにまとまっている、まとめてくださっている方がいるのだと感じました。

でも私は蛇足ともいえる雑学的なことまで知っておかないとレシピが頭に入らず、途中で余計な考えごとをして小さなミスを連発します。

 

それはたぶん、私が異常なまでに理屈っぽいから。幼い子どものように、大人になっても未だに「なんで?」「どうして?」が止まりません。

歯医者さんで受ける「痛かったら手を挙げて」の声かけに、どうしたらよいのか悩んでしまうくらい、その質問や説明がどういう理由でされているのか?までを知りたい。

だから自分が説明する立場のときは、常に「なぜならば」を意識したいなと。

 

この「なぜならば」は家族間でも効果があって、たとえば何かの収納場所や家事のルールを変えたとき、「こういう理由で」まで説明しておくと、家族にとっても覚えやすくなるようです。

単に「収納場所を変えた」と伝えたときより、「どうして変更したのか」まで説明したときのほうが、そのあとの誤解や迷わせてしまうことが減りました。

無駄とも思える背景説明まで知りたい人がどれほどいるかわからないし、時には簡潔にまとめるスキルも必要。

でも、その無駄かもしれない一言を伝える手間が、かえってトラブル回避や時短になる場合があることも、覚えておきたいと思います。

 

本日の猫。

ついさっきまでなめあっていたのに、突然の臨戦態勢。
(周囲にラグの毛が散らばっているのは見逃してください…)

以前は仲裁に入っていましたが…

今は同じくらいの力量の子たちであれば(そう見えれば)見守るようにしています。

大けがにつながるのは怖いけれど、すり傷やひっかき傷くらいは元気な証拠。

大抵の場合、すぐに勝敗が決まります。


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yamanekotora
子どもの頃に拾った猫を飼い始めたつもりが、いつの間にか猫に仕えるように暮らしています。猫にかしづく、それも幸せ。 ものづくりをライフワークにしています。