一種類のワンピースだけで、ひと夏。

こんばんは、ヤマネコです。

この夏、常に同じワンピースを着てすごしていました。

正確には同じワンピースを二着持ち、交互に着てすごしていました(以下、1ピ生活)。

この際、女子力のいかがについてはもう考えることをやめまして、快適だったかについてご報告させてください。そしていきなり結論を言ってしまえば、たいへん快適でした。

 

ただ、ちょっとだけ慌てた場面もあったんです。

 

もともと私が1ピ生活に踏み切ったのは、本業が在宅デスクワークで毎日会う人も限られているからでした。

毎日出勤するような暮らしだったら、「常に同じ服を着ている(ように見える)」ことへのハードルはもっと高かったんじゃないかと。少なくとも、慣れるまでに時間が必要だったはず。今の自分の暮らし方だからこそ、そんなに違和感もなくスタートできたんです。

ところが今年は新盆の手伝いに出向くことになり、たまたま「同じ人と毎日顔をあわせる環境」に身を置くこととなりました。一週間、ほぼ出ずっぱり。私が常に同じワンピースであることにも、さすがに周囲は気づいたようです。

といっても誰からもズバリ訊かれることはなく、なんとなくひそひそされているような気がする、という私の感覚によるものだったのですが(自意識過剰かとも思ったけれど、のちに的外れでもなかったことがわかりました)。

結局、客足が減ったお盆期間の後半に、自分から私服の制服化について打ち明けてみました。

 

少ないものでも満足いく暮らしをしたい一環で、洋服の数も厳選していること。
今年の夏は同じワンピースを二着買ったこと。

正直、私は服えらびがちょっと面倒くさい、という理由も含めて少しだけ。

モヤモヤしていたことを話せて私はすっきりしたのですが、驚いたのは、周囲の反応が「ああよかった」という安心の声だったから。

 

なんとなく想像はしていたけれど、「これまで」とまったく違う行動を突然起こす人って、やはり少し不気味な印象を持たれるようです。

自暴自棄になっているんんじゃないか。
おかしな思想にはまっているんじゃないか。
生活が苦しいのだろうか(今回の場合、服を買えないくらい)。

などなど。

とくに私の苦衷(猫のこと)を知っている人たちからは恐怖心とも呼べるような心配までされていたようで、「そうじゃなくてよかった」と。

 

私は私で「気づかれたらちょっと恥ずかしい」という気持ちが先立っていたので、気づいた人から、笑われたり呆れられることだけを心配していました。気にしないと割り切っていても、どこかそわそわしていた。開きなおって見せていた、というのが正しいかもしれません。

でも「不気味」が「怖い」につながり、更に「心配」までされるとは。今は配慮が足らなかったことを申し訳なく思うばかりです。

 

改めて、私服の制服化をするなら自分から周囲に知らせることも大切だなと思いました。とくに今夏の私のように、極端な例(毎日同じワンピース)に走るときは。

 

今年は秋用のシャツワンピとして二種類そろえたけれど、それでも私にとっての夏1ピ生活は…

選んだのが気持ちよく着られるワンピースだからこそ、常に快適な状態が保てた。
上着や帽子など、小物だけで印象を変えられた(室内では無意味でしたが)。

とても有意義なものでした。

今後もまた1ピ生活を取り入れることがあると思うので、それに気づく可能性がある人たちには自発的に伝えることも考えよう、というのが今夏の学び。

これまで以上に極端なルールでしたが、少ないものでの暮らし方を今後も模索し続けたいです。

 

本日の猫。

重陽の節句もすぎ、すっかり秋の気配。今朝は寒いくらいの気温に感じた関東でした。

季節の変わり目、猫たちとともに体調に気をつけたいと思います。
みなさまもご自愛ください。

本日もおつきあい、ありがとうございました。



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